家族ががんになっても希望は消えない。

母が肺がんステージ4になってからの記録です。希望は常にあると信じて日々を過ごしています。

放射線治療 脇下リンパ節編

皆様こんにちは。もち丸です。

 

前回母の治療がストップした話を書いてから少し時間が経ちましたが、不思議なことに気持ちは少し落ち着いてきました。

漢方や精神腫瘍科で心身をメンテナンスしているのもありますが、今は放射線治療のことだけを考えようと努めていることも影響しているかもしれません。「まずは一つだけ」、その精神で行こうと思います。

 

今回は母の脇下リンパ節部分に対する、放射線治療についてまとめてみます。

 

f:id:yoneson:20200911114204p:plain

 

1、放射線治療の提案

さて前回の記事で呼吸器内科の主治医から、治療の中止が提案されたことを書きました。そしてその時点で母は脇下のリンパ節部分が腫れ、痛みが出ている状態でした。

もちろんがん自体が大きくなることも怖いですが、それによって痛みが出て日常生活に問題が出ていることも問題です。その為緩和策として放射線治療が医師から提案されました。

 

やはり痛みがあると人は動けません。そして痛みが軽くなることによって人はまたやる気や元気が出てくる部分もあります。緩和とはより良く生きる為に体と心の痛みを軽くすることだと思うことにしました。まぁ治療目的ではなく緩和目的ということが気に入りませんがね。

そして主治医の紹介で、同病院の放射線科の診察を受けることとなりました。

 

 

2、放射線科の医師との面談

さて放射線科医師の初診ですが、今打ちのめされている私が思ったことは、「優しい先生ならいいなぁ」ということです。

そして実際にお会いした私の第一印象は、「真面目で優しそうだけど若くて大丈夫かな?」というものでした。(失礼!)

 

もう本当に私個人の感想なのですが、先生にとっては大勢の内の患者の一人でも、私達家族にとってはたった一人の大切な家族なんですよね。一番良い先生に診てもらいたいと思いませんか?(何をもって良い先生とするかは難しいですが)

もちろんベテランの先生ならいいとは限りませんし、若くとも誠実なお医者さん、技術力があるお医者さんもたくさんいると思います。

でもちょっと不安になりません?(笑)

 

そんなことを思いながらどのような治療にしていくかを話し合っていきましたが、ここでも大きな問題が発生してしまいました。その原因はまたしても厄介な肺炎です。

 

 

3、治療は難しいだと?

問診の際先生は「間質性肺炎は無いですよね?。大丈夫ですよね?」と聞いてきました。ここで私は以前主治医の「肺炎は薬害による間質性肺炎の可能性がある」という言葉を思い出し、先生に伝えました。すると先生の表情は一変しました。

「肺炎がある人には放射線治療は禁忌なんですよ。しかもお母様はリンパ節部分が、肺近くまである。肺炎がある人に放射線治療をやると、致命的事態が起きる可能性があります」と。

 

私はそれを聞いて「またここでも肺炎かよ。どこまで邪魔すれば気が済むんだよ」と思いました。そして先生は「放射線治療が出来ないとなると、他の方法を試すしかありませんね」と言うのです。

 

「ふざけるなよ。他の方法が無いからここに来てんだよ。放射線出来ないと痛いまま過ごさないといけないのかよ!」と怒りの感情が湧いてきました。先生は痛み止めを増やすことを提案しましたが、私達はすぐには返答出来ませんでした。

すると放射線医師はその場で呼吸器内科の主治医に電話をし、「間質性肺炎の可能性が捨てきれない以上、治療は難しいということでよろしいですか」と問いました。

すると恐らく主治医は「よろしくないです」とぴしゃりと言ったのでしょう。その後放射線医師は上司に電話をして、判断を仰いでいるようでした。

 

その結果「今腫れている部分全てをカバーすることは出来ないが、リスクが少ないギリギリの部分までを範囲に入れる」ことで、何とか治療が出来ることになりました。

本当に危なかったですよ。あのままだと「治療が出来るか出来ないか」という0か100かの決断になるところでしたから。でも100出来なくとも60,70出来るなら、その方が良いと主治医は判断したらしく、何とか希望が繋がりました。

 

 

4、放射線治療に向けて

さて具体的な治療内容についてですが、1日15分程放射線治療5日間かけて行うことになりました。毎日行かないといけないのは大変ですが、出来る分だけありがたいです。

そして私は付き添いの時間を利用して、精神腫瘍科の予約も入れました。こんなん自分一人だけでは抱えきれるものではないですし、少しでも苦悩を解消したいと思ったからです。

 

ちなみに放射線治療と一口に言っても、種類は様々です。母が脳腫瘍の治療で用いたガンマナイフ治療放射線治療の一種です。ただ種類によっては保険適用外の治療もある為恐る恐る先生に聞いたところ、今回は保険適用の治療ということで、少しホッとしました。母の健康が一番大事だとは言え、やっぱり治療費って大切な問題ですからね。

 

ちなみに脳腫瘍に対してのガンマナイフ治療時には、頭部を金属フレームで固定しました。今回は放射線治療専用のCT検査を行い、事前に母が苦しくない体勢の「型」をとり、治療中はその型にはまる形で体を固定するそうです。

 

 

5、放射線治療開始!

さていよいよ待ちに待った放射線治療の開始です。治療時間は一回大体15分程ですが、実際に放射線を当てる時間は1分程だそうです。

そして治療開始前に、放射線科の先生から思いがけない嬉しい言葉が!

 

「治療をシミュレーションした結果、肺にかからない範囲で調整してもほぼ全ての患部をカバーすることが出来そう」とのことでした。

 

現時点では大元の治療がストップしているわけですから、また新たに発生する可能性はあります。それでも久々の嬉しい状況をとりあえず喜ぶことにしました。「今から先のことを考えると怖くて仕方がない。でも喜んだっていいじゃないか」と。

 

私と父は毎日母に付き添った為、いくら一回当たりの治療時間が短いとはいえ、決して楽ではありませんでした。更にはコロナの感染リスクを気にしながらの通院であった為、かなり神経を使いましたが、何とか5日間の治療を無事終えることが出来ました。

 

 

6、治療効果の程は?…

さて肝心の治療効果に関してですが、この記事を書いているのは、放射線治療を終えて5日程経った頃です。医師からは治療効果は2~3週間程で出てくるという話なので、現時点では正直よくわかりません。

ただ母は「ほんのちょっと小さくなってきたかも」と言っているので、もう少し待つしかないですね。

幸い肺炎や皮膚炎等の後遺症はなさそうなので、ひとまず一安心です。

 

ただこの放射線治療を受ける過程で、院内看護師との良い出会いもありました。

放射線科の看護師さんが、抗がん剤副作用による足の傷を丁寧に処置してくれ、オススメの包帯や処置方法等を説明してくれたのです。しかも母や私達家族と色々な話をする時間もとってくれました。

ただ正直私はもっと早くこの体制、というか流れに出会いたかったです。医師との診察では不十分な部分や心身のケアを、色々な方にサポートしてもらうというこの体制に。

やっぱり「足が痛い」→「じゃあ薬出しますね」だけでなく、話をしながら傷を癒す時間、過程が欲しかったのです。それにようやく出会えた感じです。

 

やっぱり患者自身も患者家族も、疲れて傷付いているのです。不満や不安、恐怖等、例え口にはしなくとも、心に積もり積もっているのです。そういった部分に意識を向けてくれるのが本当の看護、緩和なのではないかと思います。

 

 

7、最後に

今回は5日間にわたる放射線治療をまとめてみましたが、やっぱり考えてしまうのは今後のことです。

治療がストップしている以上、いつ今の均衡が崩れるかがわかりません。それが半年先なのか1年先のことなのか、あるいはもっと短いのか等々、考えると怖くて仕方ありません。その為私は今、とりあえず次の予定のことだけ考えることにしています。

 

今の私達には、

①別の病院でセカンドオピニオンを受ける

②リスクを覚悟してオプジーボ治療を受ける

③この病院の緩和ケアを受ける

④家の近くの病院で緩和ケアを受ける

という4つの選択肢があったと思います。

 

そして私達は③を選択しました。私は現実から目を背けているわけではわけではありませんが、奇跡を信じたいです。長生きしてくれれば他の治療選択肢が出てくる可能性もありますから。

ただ現時点では呼吸器内科とのリンクを繋げつつ、緩和ケアで心身の痛みをコントロールしながら、1日1日を大切に生きることを選びました。今後体調の変化により、家の近くの病院にお世話になることも考えられる為、来週ソーシャルワーカーさんとの面談が入っています。

 

今はあまり前向きにはなりたくありません。それよりも水や柳のようなしなやかさが欲しいです。元々強くもないし、強くなれそうもないのなら、絶対に折れない強さより、柔軟さが欲しいですね。

 

それでは最後に、今がんと向き合っている人とその家族の平穏を祈ります。